カテゴリ:在宅ホスピス( 4 )

在宅ホスピス Ⅳ

井尾クリニック(現在 立川在宅ケアクリニック)
の井尾先生の趣味は ゴルフです。
在宅ホスピスを開院される前は きっと相当にお出かけだったでしょう。
でも 今は近くの練習場にいらしても 携帯がかかってきて 
直ぐに患者さんの家に直行です。
父の時も 「今 練習してたんですよ」って 本当にウソを言わないんです。 
だから なおさら先生を信頼するんですネ。

父は 5月の連休中に 輸血をお願いしたり
最期の晩には 夕食後に容態が急変したので お願いしました。
その時 私達子供が呼ばれ 「危ないでしょう」と 言われ
妹だけが 家に戻り 私と弟と母の3人で 最期を看取りました。
あの時 何故妹を帰してしまったのかと 後悔しています。
  
容態によっては 先ず看護士さんだけの時
先生が 飛んできてくださる時 色々あります。
先生は二人いらして 交代で 担当日が決まっています。
もう一人の先生は お住まいが離れた所ですから 大変だと思います。

父が家に戻り 要介護5でしたから ベッドは最新式を借りて用意しました。
介護コーディネーターは かかりつけの病院の薬局の人で
以前からの知り合いでしたから 事情を良くご存知で 大変良くしていただきました。
でも ヘルパーさんは これなら 私にも出来るわって 思いたくなるような方でした。
お掃除くらいしか 頼めないなって 本音では思ってました。
今後 交替して欲しいと思い 別の方をお願いしたのですが
調整がつかない様子で 最期の日には本部の人がきましたが 
その方は確かに上手でした。
やはり病状によっては ヘルパーさんの質が重要です。

こんな話を聞いたことがあります。
同居でないならOKなので ヘルパーの資格をとって 
実家の母親だけの介護をしている人がいるんですって。
どこかの会に所属しているようですが これなら 一石二鳥かなとも思いますが
自分で出来ない分を ヘルパーさんにお願いするのが 本当ではないかとも感じます。

薬は薬局の方が 家に届けて下さるんです。
看護士さんも お風呂に入ってゆっくり出来るかなと思われたでしょう時に
呼び出しても 直ぐに来てくださるし 
皆さん なんでこんなに良くして下さるのかなと思うくらい 感じが良いんです。
それは 在宅医療をなさっている先生が素晴らしいから
その趣旨に共鳴をされているから なんですね。 

井尾先生には どんなに感謝しても 言葉では言いつくすことは出来ません。
大変 感謝いたしております。
車で前を通る度に 心の中で頭を下げております。
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by pecochama | 2006-03-19 00:27 | 在宅ホスピス

在宅ホスピス Ⅲ

骨に転移していた癌の痛みは とんでもなく痛いようでした。
大正生まれの父は 痛みを訴える事を 極力抑えていまして
最初は 肩が痛いとか ちょっと捻ったので痛いとか
病気の痛みとは 全く言いませんでした。

でも 起き上がることも 大変なくらいの痛みになり 眠ることもできないし 
軽いモルヒネを飲むようになりましたが それも直ぐに効かなくなり
より強いものを 使い始めたところで 長嶋監督と同じ日に脳梗塞となり
10日後に目覚めた時には 痛みの神経がやられたのか
そんなに酷く 痛みを訴えることはなくなりました。

家族にとって 痛みを見るのは 本当につらいものです。
麻薬中毒を心配して モルヒネ投与があまりないのが 日本の病院の現状のようですが
実際に父の体験をしますと 使ってよかったと思います。
在宅ホスピスの先生は モルヒネのような麻薬を使う必要があるので
父の先生も やはり麻酔に詳しい先生でした。
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by pecochama | 2006-03-17 01:50 | 在宅ホスピス

在宅ホスピス Ⅱ

在宅ホスピスを調べるにあたって 非常に役に立ったのは インターネットでした。
看病でどんなに疲れていても 毎日色々な情報を深夜まで調べ 
どれを選択するのがベストが考えたのです。

そこで 近くの先生を発見し 直ぐに連絡を取り 直接会って 話をした時
肩の荷が下りたのでしょうか 涙が止まりませんでした。

井尾クリニックの井尾先生は 阪神大震災の前夜 
医師であるお父様を熊本の病院の一室で 
肝臓癌で亡くされ 病院での死のむなしさ 終末期医療のお粗末さに愕然とされました。
その後 ご友人がやはり癌で病院の一室で亡くなられ 
それを契機にホスピスを建てることを目指しましたが 現実に移すことは困難でした。
しかし 在宅ホスピスをやればいいと思われ 癌だけ特別ではない 
自宅療養を希望される人はすべて診ればいいというお考えで 
2000年2月22日に在宅医療専門のクリニックを開業されました。

先生からは 「どんな事があっても病院に戻らないこと」 
「病院で出来る事は全て在宅でも出来ます」 と言われました。
よくあるケースとして 突然親戚の人がきて 病院に入院させたり 
突然の病状悪化で 家族があせって救急車を呼んで 
やはり入院するという事もあるそうです。

患者さんは 家に戻って ホッとするのでしょうか 
先生が訪問後 1時間で亡くなることもありましたと 伺った時には
父には 残された時間を少しでも 家にいる時間にしたいと切に思いました。

父の場合は 痛みは脳梗塞でぐっと和らいでいましたが
それでも 大変なことに変わりはないので 
苦虫を潰したような顔になってしまう病院にいるより 
穏やかな顔で入ることができる 自宅が望ましいのは 家族にとっても当然です。

現実には 父には妻である母と 子供である私と私の娘が 
メインで看病できる体制でしたから 在宅も可能でしたが 
もしも次に 母が同じような状況になったら可能かどうかは
何とも言いようがありません。

父は 家に戻ってから 私の夫と妹の夫には
「こんなに みんなに迷惑をかけてしまう つもりはなかったんだが」と言ってました。
実際私達は 誰も迷惑なんて思っていませんでしたが・・・

父は病院から帰宅後 2週間の命でしたが
1週間未満の方は   14%
1週間~1ヶ月未満   37%
1ヶ月~3ヶ月未満   30%
それ以上は        19%  なんです。

お友達のお母様が 尊厳死協会に入っていると聞いた時
そして その後にお亡くなりになった時にも まだ尊厳死について
ピンときていませんでしたが 父のことでに やっと理解ができました。
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by pecochama | 2006-03-13 02:03 | 在宅ホスピス

在宅ホスピス Ⅰ

82歳で2年前に亡くなった父の病気は 子供の頃のはしかから始まって 
腎臓 肺浸潤 腸チフス 急性肝炎 糖尿病 大腸癌 肝臓癌 と病気のオンパレード

最期の病気の肝臓癌は 膵臓 骨にも転移して 末期癌との診断を受けたのは
亡くなる3ヶ月前でした。
脳梗塞を併発したために 再度入院したのですが
10日後に 眠りから覚めた時 酷かった痛みは 脳梗塞のために和らいでいました。

病院での 治る見込みがない病気に対する措置は 満足とは言い難いものです。

末期癌との診断を受けた時から 在宅医療について調べておりました。
父は 寺の檀家総代と神社総代をしていて 非常に保守的ですから
キリスト教団体によるホスピスは どう考えても無理と思いましたし
実際に調べますと ベッド数が限られていて なかなか入れない状況でした。
そんな中で 宗教色のない病院もありましたが
本人の「畳の上で死にたい」という希望を叶えるには 
自宅ホスピスしかないというのが 結論となりました。

運良くといいますか 近くに在宅ホスピスの医院があり
そこの看護婦さんは 知り合いでしたので お願いをすることになりました。
でも 病院に入院中の父を退院させるのには 暫く時間がかかりました。
入院している時には 特別に何もしないような状況だったのに
こちらから退院を希望すると 突然検査漬けで 退院OKを出さないのです。
やっと 許可が出て 「何かあったら戻ってらっしゃい」という 
看護婦さんの声を聞きながら 自宅に戻ったのです。

在宅ホスピスの先生からは 何があっても病院には戻らず
自宅で 先生を信頼して 全てを任せて欲しいと 強く言われました。
先生と初めて自宅で会った父は 強い信頼感を先生に感じた様子で 
とても穏やかな顔で 話しておりました。

住み慣れた家で 畳の上のベッドで 美味しいものを少しずつですが食べて
家族と一緒に生活をして 入浴サービスも受けて ホットしたのでしょうか
二週間後に 父は息をひきとりました。



  
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by pecochama | 2006-03-12 00:25 | 在宅ホスピス